萩原 智子
監督・指導者・スポーツ選手 / 芸能人・タレント
肩書:日本水泳連盟理事 2020東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会アスリート委員 公益財団法人日本体操協会改革推進担当理事
メディア出演など:
数々の苦難を乗り越え世界を相手に戦ってきたアスリート
中学時代に当時の日本新記録を樹立。高校時代は三年連続インターハイに出場し、三連覇。その後も、国際大会での金メダルやシドニーオリンピックで4位に入賞するなど華々しい成績を収めてきた。ただ、そんな栄光の裏で怪我や病魔との闘いもあった。そんな選手生活を送ってきた彼女だからこそ伝わるメッセージがそこにはある。
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監督・指導者・スポーツ選手 / 芸能人・タレント
肩書
日本水泳連盟理事 2020東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会アスリート委員 公益財団法人日本体操協会改革推進担当理事
経歴
中学3年生時にカナダ選手権200m背泳ぎで、当時日本歴代2位となる日本中学新記録樹立。
高校インターハイでは200m背泳ぎで3連覇達成。
同年アジア競技大会では、個人、リレー種目で、3個の金メダルを獲得。
2000年シドニー五輪、200m背泳ぎ4位、200m個人メドレー8位入賞。
2002年日本選手権では、100m、200m自由形、200m背泳ぎ、200m個人メドレーで史上初の4冠達成。
「ハギトモ」の愛称で親しまれ、2004年現役引退。
5年の歳月を経て、2009年現役復帰宣言。復帰レースとなった新潟国民体育大会では大会新記録で優勝。
翌年2010年には、30歳にして日本代表に返り咲いた。
同年、ワールドカップ東京大会で50m自由形、100m個人メドレーで、短水路日本新記録を樹立。
順調な仕上がりを見せていた矢先、五輪前年である2011年4月に、子宮内膜症・卵巣のう腫と診断され、手術。
手術後は精力的にリハビリに励み、レース復帰。
2012年2月のJAPAN OPENでは、50m自由形で短水路日本記録を樹立。
4月に行われたロンドン五輪代表選考会ではレベルが上がってきた女子自由形で、堂々と決勝に残り、意地を見せた。若手のスイマー達に刺激となる存在である。
2013年6月、日本水泳連盟理事に就任。2015年には、2020東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会アスリート委員、2019年、公益財団法人日本体操協会改革推進担当理事に就任。
現在は、テレビ・ラジオ出演や水泳の解説のほか、自ら現場に行って取材を行い、ライターとしても活動の幅を広げている。
2014年にはNHK総合テレビ「NEWS WEB」、2019年4月からは毎週火曜NHK総合テレビ「首都圏ネットワーク」の「カウントダウン2020」のスポーツコーナーのレギュラーに出演。
メディア出演のほかにも、これまでの人生経験をもとに講演活動を行うほか、改めて、自身を育ててくれた「水」に感謝し、水泳教室はもとより、水を通じて積極的に社会と関わりあっていくための実践力を身につけ、一般社団法人認定アクアソムリエの資格も取得。
「水の大切さ」 や「水の教育」にも取り組む水でエデュケーション・コミュニケーションする「水ケーション」の活動にも注力している。
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