「世の中のためになること」をモノサシに成長する大和ハウス工業

坂本ゼミでは、ゼミの日までに、研究すべき企業を設定しています。その中で、ロボット製造のサイバーダインがありました。私自身も以前、筑波にある本社を訪ねたことがあります。非常に可能性がある開発で、高齢化時代になれば、かなりの需要があると思いますが、採算が取れるには、まだまだ時間がかかると思います。








会社名大和ハウス工業株式会社     DAIWA HOUSE INDUSTRY CO., LTD.
住所大阪市北区梅田3丁目3番5号
資本金1,616億9,920万1,496円
事業内容建築事業、都市開発事業等
代表者名大野 直竹
従業員数15,267名 (平成28年4月1日現在)


大和ハウス工業が、サイバーダインを支援していることは、よく知られていますが、昨年の夏に、大和ハウスの樋口武男代表取締役会長(以下樋口さん)に、直接、お話を聞く機会がありましたので、お話されたことを共有化したいと思います。日経新聞の私の履歴書で読まれた方も多いと思います。

現在、大和ハウスグループは、3兆円企業に成長しています。(ちなみに、ゼネコンの清水建設が1兆6千万)
従業員5万6千人、グループ会社145社は、60年の歴史があるものの右肩上がりの成長で、その事業展開の凄さが際立ちます。100年10兆円企業を目指しているそうです。

樋口さんは、大和ハウス工業代表取締役会長兼CEO。1938年兵庫県生まれ。1961年関西学院大学法学部卒業。1963年8月大和ハウス工業入社。取締役、常務取締役、専務取締役を歴任。1993年、債務超過寸前に陥った赤字のグループ会社、大和団地の代表取締役社長に就任。大胆な事業改革と人事戦略などで手腕を発揮し、1995年に同社を黒字転換。2004年4月、代表取締役会長兼CEOに就任されています。

以下、短時間の大和ハウス工業の動画を見ると取り組みが分かります。


大和ハウスグループ公式チャンネル『環境ビジョン』


https://www.youtube.com/watch?v=kDCkbOioWrg



大和ハウスは、創業者石橋信夫が、1階が事務所、2階がオーナーの家といったように、18名でスタートした会社で、樋口会長は、昭和38年8月16日が入社されました。
日本で、初めてパイプハウスを建築。他、日本発のプレハブハウス工場
シルバーエイジ研究所。
大和ハウス工業総合研究所
エンドレスハート 
パイプハウス⇒ハウジング⇒ ビジネス、ライフの新規事業展開  他

世の中の役に立つことを新規事業のキーワードとして展開しています。


 安全・安心
 スピード・ストック
 福祉
 環境
 健康 
 通信
 農業

以下、樋口会長が話された内容をそのまま掲載します。

たまたま家にいたら、整理ダンスから、着物を出して質屋にいくのを見つけた。男2人で大食漢、下は女2人。腹が減ったことを言わさないお袋の姿を見て、いつか、会社をつくって、親孝行して返そうと思った。就職は、学校の斡旋で、小さい会社、中くらい会社、大きな会社 の3つ受けた。
当時、サラリーマンでいこうと思ったら、ホンダに入っただろう。しかし、会社をやろうと思ったので、条件も良かったし鉄鋼商社に入った。
聞きまくって、仕事を覚えた。商業手紙とは何か?・・・・飛び込みで営業もした。1年も経つと仕事がわかった。だんだん、楽な自分が怖くなった。こんな楽をしていていいのだろうか?・・・・鉄は国家の時代で、風向きが良かったので、当時としては珍しく土日休み、定時には帰れる会社だったからだ。そんな時、週刊誌に猛烈会社、不夜城大和ハウスといった記事を見て、自分を育ててくれると思って転職をした。

親も友達も反対された。最後に、女房に聞いた。そして、女房に、「もし、ダメだったら、土方してでも養うから・・・」と言って納得してもらった。しかし、小さな子供が生まれたばかりだったから、求人広告位に、歩合制と書いているところを正社員で頼んで入れてもらった。給料は安かって、交渉したが、それでも前職より安かった。また、通勤も遠くまで通わなければ、ならなかったが、人間、信念があったら何とかなる。やがて、課長、次長になった。小さな会社なので、直ぐに役職につけた。なぜ、短期間に役職につけたかといえば、いつも、なんで、なんで、と聞きまくって、仕事を覚えたからだ。

飛び込み営業もやった。20軒に1軒ヒマな主婦に会えた。山口支店の責任者になり、山口支店株式会社の社長として、挨拶した。最初は、結果がでなかったが自信はあった。部下の倍働くつもりでやった。そうしたら、2年目から頑張れて言わなくても頑張るようになった。そして、山口支店は全国でトップになった。そして、福岡に立て直しでいった。やる気の集団にできれば、絶対になんとかなる。凡事徹底、電話に1回で出る・・・といった当り前のことをやっただけだ。

成果が出れば給料が上がる会社だったので、役員より給料が高くなったのは38歳の時だ。そのため、調整で高すぎる給料を専務に下げられたので専務に直談判して、おかしいといった。その後、オーナーにも直談判した。そうしたおりに、他から、社長をやってほしいいったいい話があった。小さい頃の夢が果たせるかもしれない。母親を楽にさせることができるかもしれない。しかし、いろいろあったが、会社に世話になっていることも事実だ。その時、人の道を外したら、運が逃げると思った。そして、お世話になった大和ハウスのことに残ることにした。その時の決断は大正解だった。その時、誘いに乗って社長になっていたら、私の人生は終わっていた。なぜなら、翌年、翌々年の2年間入院となったからだ。好条件で社長にといったお話に乗っていたら、初年度2年度と2年も入院したら、首になっていただろう。本当に、人の道を外したらダメだ。また、派閥もダメだ。ろくなことがない。内みて茶坊主ばかりできる。
感謝の気持ちがあるから、今でも、2月21日の命日には必ず、創業者石橋伸夫の墓に行く。

石橋オーナーの話を少しする。オーナーの石橋信夫は、部下が助けるために、ソビエトに駐留され、何年も抑留をさせたれた経験を持つ人だ。戦争時代の部下が、大和ハウスになっても、時々訪ねてこられて感謝されていた。途中で病気になって能登で療養するようになった。その闘病している4年間51回能登に行った。その石橋オーナーの言葉で「儲けるためにやろうと思っても儲からない。世の中のためになることをやれば儲かる」と言われた。
そして、大和ハウスの事業展開は、いつもこのモノサシでやってきた。だから成長できたのだと思う。

サイバーダインのロボットスーツなど、複数のベンチャー企業を育てている。
山海筑波大学教授が訪ねてきたことがある。ロボットの説明を聞いた後、私がした質問は、一つだけだ!
「何で、ロボットスーツを作っているのですか」
すると、山海教授は、「世の中のためにやりたい」と即座に応えた。
このやり取りだけで、44億出資して、筑波に工場と研究所を立てた。
年を重ねて、多くの人に会ってきているので、直感的に、その人は、本当の気持ちかどうか分かる。自分が協力するかどうかは、志次第だ。古いとは思わない。志のないところに発展はないと思う。サイバーダインは、10年間掛かったが、高齢者の補助が必要な住宅、工場の作業、その他、世の中の役に立っているので軌道にのり、経済大臣大賞も受賞した。

石橋オーナー以上の経営者に会ったことが無いので、いつも石橋オーナーの話をしている。世の中の先の先を読む複眼経営者であった石橋信夫に学んだことが私にとっていかに大きかった。

ザ・リーダーの樋口会長のインタビューの動画が上がっています。



事業成長するには、するだけの理由がある。

「世の中のためになることをやる!」といったシンプルな事業展開は、いかに、動機が大切であることを示しています。


【筆者プロフィール】
藤井正隆
株式会社イマージョン代表取締役社長

人を大切にする経営学会理事・事務局長


社会性と経済性を両立させた経営を実現している「いい会社」研究と変革支援がライフワーク。大学院の特任研究員として活動し年間100社以上の全国各地の優良企業を現場視察し、経営学を中心にそのメカニズムを研究。企業事例と理論を融合しわかり易く伝えている。


この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

記事を気に入ったらシェア!

合わせて読みたい

オススメの最新記事

この記事と同じカテゴリの相談